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幕末へ向かう日本

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薩摩と長州が日本を動かし始めます。

文久の改革

1862年6月、文久の改革が起こります。

島津久光が薩摩を発って京都、ついで江戸に乗り込み、幕府に改革案を突きつけて飲ませます。

一言で言えば、疑似政権交代です。

これまで、幕閣、つまり幕府の官僚が主に政治を担っていました。

そこから、一橋慶喜に主流派が交代します。

また、参勤交代の緩和などの改革も行います。

が、裏を返せば、その程度です。
それをしたからといって、欧米列強に立ち向かえるだけの有効打になるとは思えないものでした。

生麦事件

同年8月。生麦事件が起こります。

島津一行が江戸から帰るところ、その行列を英国人が横切ったのです。
当然、切捨て御免。
日本の国内法では完全に合法です。

当然、英国は黙っていません。
幕府は戦々恐々。

英国と薩摩は交渉しますが、決裂。
薩英戦争が勃発します。

なんとこのとき、薩摩がぶっ放した大砲が、英国の旗艦の船長に当たって倒してしまいます。
世界に冠たる大英帝国に、薩摩は一矢報いるのです。

最終的に、幕府から借りた金を英国に支払って帰ってもらいます。

そして、幕府からの借金を踏み倒します。

英国は、薩摩から賠償金を巻き上げたと思っていますが、そのお金の出どころは幕府、つまり、薩摩は結果的に1円も支払っていません。

要は、薩摩は英国をまんまと騙して追い返したのでした。

また、この1件は、薩摩と英国が接近する一助となりました。

そして、孝明天皇は薩摩をよくやったとたたえました。

長州、本当に攘夷を行う

長州では、次の2大勢力が争っていました。

一方は正義派。
長州、というよりも日本をどうやって守るか、というスケールの方々です。
村田清風はじめ、吉田松陰、あとで出てきますが、久坂玄瑞、高杉晋作などです。

他方は俗論派。
要は常識で行こうよ、という人たちです。

ところで、幕府は朝廷からの圧力に屈し、攘夷を行うと約束していました。
しかも期日付き。
もちろん、同時に幕府は、本当にやったら大変なことになるよとほのめかします。????????

これを根拠に、長州は本当に攘夷を実行します。??????

攘夷に燃える正義派は、本当に攘夷を実行します。

1862年8月、高杉晋作と久坂玄瑞、英国公使館を焼き討ち。

1863年5月、下関において、仏米蘭を砲撃。

さすがに、相手も黙っていません。

1864年8月、馬関戦争。いわゆる四国艦隊下関砲撃事件。
英仏米蘭に攻め込まれます。

こんなことばかりしているので、国内にも敵を作ってしまいます。

すこし前後しますが、1863年8月、八月十八日の政変で、長州の代理人、三条実美らが都落ちしてしまいます。
これの報復で京都に乗り込んだところ、御所を警護している薩摩・会津と激突。
1864年7月、禁門の変です。

御所に向けて発砲してしまったため、長州は逆賊、つまり、日本人の敵になってしまいます。

1864年9月、俗論派に政権交代。先の4国と講和。

正義派は徹底的に弾圧されます。

さらに、朝敵となってしまったため、同年10月から四境戦争、いわゆる第一次長州征伐が行われます。

俗論派政権は幕府に恭順の意を示します。軍艦も幕府に渡してしまおう、そのほうが役に立つではないか、とまで考え始めます。

常識論としてはそうでしょうが、そうなれば、長州はもう二度と立ち上がれない、日本もどうなるかわかりません。

功山寺決起

そこで高杉晋作は決起します。

俗論派政権は3000人の正規軍を持っています。

それに対してたった1人で立ち上がりました。

そして勝ちました。

なぜか。

高杉1人を死なせてはならないと、のちの明治の元老が集まったからでした。

正義派政権、樹立。

長州は武備恭順の姿勢を明確に打ち出し、幕府と対峙することになったのです。

薩長同盟

当時、薩摩は英国から調達した武器はあるものの、金と米がありませんでした。

一方で、長州は逆賊のため武器がありませんでしたが、金と米はありました。

ということは、両者をうまく仲介すればいいじゃないか。

そう考えたのか、坂本龍馬です。

1866年1月21日、薩長同盟が結ばれます。

もちろん、禁門の変などにより薩長は激しく憎み合っているので、簡単ではなかったでしょう。

また、同盟は当事者が紙に署名したから有効になるわけではありません。

同盟は、危機、本当にやばいときに当事者が共同で対処する、という実績によってのみ、有効になります。

このあと、幕府は第二次長州征伐を行いますが、長州が奮戦し、幕府軍に勝ってしまいます。

もしこの時点で長州が負けてしまっていた場合。

おそらく薩摩は長州を見捨てたでしょう。
薩長同盟もなかったことにするでしょう。

長州が幕府に勝ったから、薩摩は「おお、長州強いでごわすな!」「おいは最初から仲間だったでごわすよ!」と言うわけです。

同盟を維持するのは戦をするのと同じぐらい大変なことでもあるのです。

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